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先日、ウフル時代にコンサル契約をいただいていたとある重工業DXの方々へ、退職のご挨拶に伺った。
お二人とも、相当な技術畑のシニアクラスで、今は社長室付となられてなお、新しいことに意欲的に取り組んでおられる。大先輩のお二人には教わることも多かったが、已己巳己を気に入っていただいていた。「今度ぜひ飲みに行きましょう」とお誘いいただける関係が築けたことがとてもうれしい。
はじまりは、重工業内で鉄道車両を製造するカンパニーとの出会いだった。「本社から何かしらDXを行うように言われているが、鉄道車両しか製造したことがなく、皆目検討がつかない」というお話。
新幹線を始めとした人員輸送の車台に強みがある会社さんであり、本社は医療系にも進出されていたので、2035年以降数百万人単位で不足する介護人材領域にしようと考え、病院内での無人移動を可能とする医療介護用ベッドの車台を企画した。
医療介護用ベッドは、機器の装着も含め耐荷重は400-500kgに耐えられるものである必要があり、その上に患者や介護者を載せているから安全のために3人以上で移動させなければいけない。しかし、この界隈、車台・寝具・リネン・器具と4層全く異なる業界が混在していて、寝具周りは自動で起き上がるベッドなど進化しているが、車台周りはいまだに手でぐるぐるすると持ち上がる程度の鉄を溶接した無骨なものが主流を占めている。
ただ単に、この車台を自動搬送化となるとAGVと変わらず、鉄道車両メーカーの強みが出ない。どうしても、軌道、つまり線路がほしい。が、院内に軌道があれば邪魔なのは間違いなく必然性に乏しい。「院内に軌道を敷き、そこを車両メーカーが製造する自動搬送ベッド車台が通過する」必然性を作り上げるために、調査をする。もっていきたい仮説があって、調査するのが重要だ。
すると、東日本大震災の時に、病院からベッドを運び出しきれずに多くの方が無くなった事例が出てきた。通常でも数百キロあるベッド。これが複数台となると緊急時全てを運び出すことは難しいし、そもそも電源があるかもわからない。日常であっても、縦横無尽に動かれてはベッドで寝ている側も不安が募る。軌道があれば、数十台連なってもスイスイと運び出せるし、軌道があればベッドの挙動もわかりやすくなるとした。あとは、試作をつくり実証を行えば、このシナリオを確固たるものにできる。その後、大体の想定市場規模などを調べ、CADが使えるスタッフに病院内で軌道上を走るベッドの絵を描かせた。
これを、営業経由で先方に提出しようとしたら、営業から「これ、お金もらってやるべきレベルでは…これだけアイデアを持ち逃げされたら…」と、提出しようとしない。ただ、こちらからすれば、こんなアイデアいくらでも出るし、表層だけ真似してみたところで実装するための詳細要件など固められるはずもない。
先方の車両製造カンパニーに提出してもらったところ「すごすぎてカンバニーだけでは判断できない」となり、重工業本社のDX部門をご紹介いただいた。
ただ、重工業の本社ともなると、DXの予算も桁違いで、おそらく名のあるコンサルも大量に利用されているのだろう、とてもみなさん懐疑的で、ただ已己巳己の作ったアイデアの視座自体に興味はあるという微妙な空気。まずは力量を測るためか「本社がチカラを入れているハンドアームを活用したDXを考えてほしい」という新しいお題をいただいた。
ハンドアームは、工場の製造ラインから最近ではコーヒーを入れてくれるバリスタロボのようなものまで「人の手の代わり」となるものはだいたい世界のどこかに事例があり、全く新しい市場、とくに、その重工業がやる意味というのが中々見いだせず、悶々とした時間が続く。
数日後に出張があり、空港のマッサージチェアに座っているとき、ふとひらめいた。「大量のハンドアームによるマッサージ機」である。名前は「千手観音」にしたい。すぐにCADエンジニアに指示を出し、千本のハンドアームが付いているマッサージ機を描かせるが「人の大きさと比例して考えると1000本は多すぎます…」というので、6本にした。これでも、3人分のマッサージ師が同時に施術するようなものなので、通常のマッサージと比較して1/3の時間でマッサージが終わる。椅子型と異なり完全に人が行うものと同じ形で施術を受けられる。工業用ロボットアームが本気を出すと人間側が潰れてしまうのでそのあたりはチューニングが必要なのだが、人の個体差に合わせて身体のつくりを感じながら最適な圧をかけるデータを蓄積していくと、マッサージだけでなくあらゆるフィジカルアセスメントに展開できる。「人に変わりロボットが人体にほどよく触れる」領域は、世界レベルで調べてもそこまで研究が進んでおらず、なおかつ日本らしいDXである。
「千手観音」のアイデアは、重工業本社のDX部門も度肝を抜かれたようで、何かしらのプロジェクトでご一緒したいというお返事をいただいた。そこで紹介されたのが、先に書いたお二人が進める新規事業プロジェクトであった。
2兆円を超える売上規模の会社、それも本社のDX中核部門で口座を開いていただき、コンサルティングの契約をいただくために、已己巳己が作成した資料は「次世代ベッド」と「千手観音」数枚だけ。モノゴトには数多のディメンションがあって、その視座・角度が合えば、分厚い資料でゴリ押ししなくても良いし、視座・角度が近しいわけなので関係性も長く続くという好例だと思う。
もちろん、ハマらない場合は、薄ら寒い目で見られて終わることも多いのだが…。
考えや、視点や、センスが共鳴する人のつながり。そこから産まれるネタ、アイデア、新事業。それらを世に出すための模索、工夫、努力。そんな環境に、主力メンバーとして参画できる喜び。高級なものなど無くても、安い酒でいくらでも会話がつきない、そんなプロジェクトに人生後半戦を賭けたいと思えたかけがえのない出会いのお噺。